時が来たメンターの発見

僕は今までメンターと思う方に出会ったことがなかった。
正確には妻がメンターだ。
もちろん尊敬できる方はたくさんいる。
でも、コミュニケーションをする中で自分の「センター(自分の軸とでもいうべきところ)」に帰るという経験をさせてもらえる方は家族以外ではこれまでいなかったような気がする。

上田比呂志さん

三越やディズニーで働いた後、真の「おもてなし」を世に広めるため企業への講演や書籍の出版などとても精力的に活動されている方。
Wikipedia 上田比呂志さん

書籍:ディズニーと三越で学んできた日本人にしかできない「気づかい」の習慣

出会いはあの時

元々の出会いは上田さんが運営している四谷にある橘家さんで日本文化イベントを開催したことがきっかけだ。
僕は書道家としての活動を本格的に開始してそれほど時間が経ってなかったように思う。
それ以降、おそらく3〜4回お会いしただろうか。
それから僕がクアラルンプールに移住してしまったので、5〜6年はお会いしていなかった。
そこで先週わざわざ僕のところに会いに来てくれた。

何気なく抱いて来たこと

上田さんにお会いするときはいつも不思議だ。
突拍子もなく伝えたいことが湧いて出て来てしまう。
もちろんコーチとしての上田さんの持つ素晴らしい能力が自然にそうした心地よさを演出してくれるのだろう。
ただなんとも言えない、自分の本質に触れる「何か」が動き出すような感覚に陥る。
そうすると自分の中で時間の感覚がなくなり、さらに自然と言葉がどこからともなく降ってくる。
そこで僕は自分というものを再確認する。
やっぱりそうだったかと。

これから

正直なところ今の活動が将来にどう繋がっていくかは僕自身もわからない。
それに対して不安や悩みがないと言えば嘘になる。
ただ、一つ言えるのは自分がとても幸せな環境にいられているということだ。
良い家族と仲間、やりたいこととやれていること、環境、この世に対する期待など、どの切り口で考えてもまちがいなく恵まれている。
だからこそできることがたくさんあると思うし、自然とやりたいことが湧いてくる。
常日頃から言われていることだが、僕たちは長く謳歌して来た人間優位の世界観からテクノロジーの進歩で人間の役割を再定義する段階に来ている。
これからは好きなことをする個人が表現の多様化でコミュニティという名の小さな世界を横飛びし集合知を形成する。
それにより世界は螺旋状に発展しながらも、人類はより原始的な自分を経験する。
大切なのは自分を信じて沸き立つ感情にふれ、ただ生きることだ。

シェアする

  • このエントリーをはてなブックマークに追加

フォローする