湧き水になりたい

サーバーを移転したら前のブログが消えてしまった。心機一転簡単に作り直し。

当たり前に多動的

人にはそれぞれ当然のごとく異なる生き方がある。
それはその人を形作るいろんな考えや価値観があるから。

ちなみに僕も下記のような特徴がある。

・人生生き切りたい
・地味でも良いが規模的にも影響力的にもよりでっかいことがしたい
・関わりたくない人とは関わらない
・好きなことだけをしたい
・より良い生き方をしたい
・気の合う仲間に囲まれていたい
・お金はしっかり稼ぐ
・悟りたい
・理不尽なことには立ち向かう
・誰かの役に立っていたい 
・格好良い人間でいたい
・健康的でいたい
・家族を大切にしたい
・より多くの人生を生きたい
・よりたくさん知りたい
・みんなをよりハッピーに元気にしたい などなど

恥ずかしいが煩悩の塊のような人間だ。
前世という言葉はあまりしっくりこないが、もしかしたら何もできなかったんじゃないかと思うくらいいろんなことに興味がわく。
わいてしまうからやってしまう。

やっていることへの自信

いつもやっていることにとても自信があるようで羨ましいと言われることが多い。
確かに自分中で最終的には大枠うまくいくだろうというなんとなくの自信がある。
でも正直僕は自信があるなしではなく興味があるなしで動いているので、日々の行動の中に自信のないことも多々ある。
「自信があること」は十分条件であるけど、「自分の求める結果を得ること」の必要条件ではない。
やっていることそのものに満足できていれば良い(成功)というのが僕の考えだ。
なぜなら人生は平坦ではないから。

どうでも良いけど、最近歳のせいかなんとなくいつもハッピーな人生をおくれているなぁと急に感謝の念がわくこともある。

湧き水のような存在になりたい

どのような存在でいたいかと聞かれたら今の答えは「湧き水のような存在でいたい」と思う。
自然にふつふつと湧き出ていて(創造していて)、たくさんの人(仲間)が集まってきてその多くを癒し続けている。
たまに砂利が混ざっても清濁併せ吞む。
決まった形を持たず、人間にとって水はなくてはならないものだ。

魚座だからだろうか…。

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