日本文化は立体的?!

日本文化は立体的?!

日本文化を学べば学ぶほど抽象度の高いものを感じます。それは現代においても非常に重要な感覚ではないかと思います。

 

2次元の中に込められた多次元的世界観

書作品を見ると当然2次元の世界です。ただ、書というのはもともと歴史的には残すことで伝聞の役目を果たしたり、権威を象徴するものであったりする時代を経てきました。またその他の面においては前座でもある墨をする作業は心を落ち着かせる役目もあります。そして、筆というのは筆圧を意識することに関して特に3次元での作業です。つまりそれぞれに時空間を認識する必要があります。ですので、最終的な作品(2次元的世界観)のみを見ても、その本質的な価値を見いだすのは難しい。

 

多次元的な深さ

僕たちは例えば歴史的な建造物を見に行くと、この道をかの有名人が歩いたんだ…などと思って感慨深いですよね。そこには時空間を超えたなんとも言えない深さを感覚的に得ます。この感覚がとても大切だと思います。インターネットに関しても時空間の制約をとっぱらう側面があり、そこに人間は知らぬうちに引き込まれています。最終的に僕たちが解明したいのは時空間であるということがわかります。例えば、ある目的地へ限りなく早いスピードで辿りつきたい、過去を変えたい、未来を知りたい、死を超えたいすべてそうです。

 

時空間は超える必要がない、では必要なことは

この世において時空間は超える必要がありません。それを経験することこそが人生だからです。ですので、とても大事になってくるのが時空間の認識です。つまり経験というものをいかに自分として定義するか。とても抽象的ですが、これは僕がやっている人生を楽しむ(生き方を伝える)ということにもつながります。今という瞬間の連続しかない現実においてどういった空間を定義し楽しむか。ここにこだわって生きたいと思ってます。

 

最終的な目的地

僕たちは人生を通して悟りの境地に達すると時空間がないということに気づくのでしょう。