アイデンティティの探求

アイデンティティの探求

自分探し、自己実現、自己承認欲求などはアイデンティティに起因していると言っても良いのかと思います。

 

シリコンバレーはアイデンティティを破壊できる場所

これは勝手な推測です。僕はシリコンバレーにいったこともないので。ただ、いろんな国の人がいて共存している地域といった場合クアラルンプールも同様だと思うんです。つまり、いろんな国のひとが一つの地域にて彼らなりの存在を自然に認めてもらえる場所、もしくは認めてもらえるというより、違和感なくただいることができる場所といった方が良いかもしれません。そしてそれぞれが表面的なアイデンティティ(国籍、人種、年齢、経歴)などを取っ払って主観的な動機で行動することがしやすい場所かと思います。

 

多様性が当たり前

国というのはすでに古い概念となり、いろんな国どうしの混血で生まれた方も多くいるため民族ごとの話し、年齢、経歴など重要と勝手に思っている概念を引きずっているうちは現実が見えてこないものだと思います。なぜなら実際の多くの現象はすでにその幻想とも言える現実からは理解ができないので。現実を受け入れるということは全時代的な現実だと思っている幻想を捨てることとも言えるかもしれませんね。シリコンバレーもいろんな国や民族のひとが世界を変えるという共通のクールなことを目指して集まってくる。そこに前述のような表面的なアイデンティティを振りかざすことによるメリットもほとんどない。そこは厳しくも楽しい現実が素直に置いてあるだけだと思ってます。

 

アイデンティティこそが幻想

最終的に僕たちはアイデンティティという概念そのものが幻想だったということがわかるでしょう。それが悟りだとおもいます。そしてこれからの世の中はそういった表面的なことはなるべく排除し考え、言葉で認識できない違和感を大切に、根拠のない楽しみを追求することで人生を全うすることが大切だと思います。そして僕は自分の生き様を通して世界中で楽しんでいきたいと思います。